ミニマリズムとモンテッソーリの意外な関連性

ミニマリズム

突然ですが、「知恵の輪」は得意ですか?

私は、ネックレスなど、物同士が絡まっているのを解くとき、
頭の中に、いつも知恵の輪が思い浮かびます。

絡まったネックレスを解くのが得意な人っていますよね。

昔の私は、そんな人とは、180度 真逆で、
衣類などの値札やタグでさえ、ハサミを使わず、
ブチっと手で引きちぎってしまうタイプの
超がつくほどの がさつ+せっかちな人間でした。

そもそも、

物=消耗品

だと思っていたので、身の回りの物も、いつか捨てることが前提で、
丁寧に扱う、ということはしませんでした。

また、物を所有すること自体にも、重さを感じていたので、
身の回りには、必要最低限の物しかありませんでした。

↓今も少ない方かな?

物に執着しない、と言うと響きはいいかもしれませんが、

物や服を見ても、心を動かされることが無い自分の心を、
私はそんな人間なのだ、と受け入れたつもりでいました。

ミニマリスト という言葉を聞いた時、初めは、所有物が極端に少ない私も当てはまるのだと思いました。

ですが、本当に自分に必要なもの」を分かっている人がミニマリスト
だと教わり、

自分にとって、何が必要なものか が分かっていないこと、

そして、私の見渡す周りには、見ているだけで心安らぐ物は無く、

使い捨て感覚の物に囲まれて、自分が生活していたことに気付きました。

その頃、前から細々とやっていた個別指導の教室を、自宅の一室に設けることになりました。

お家に居る時間が長くなったことで、お家の環境を整えて、もっとリラクシングしたいと考えるようになりました。

いつもは、置いても枯らしてしまっていた観葉植物を置くようになり、

それまでは、すぐにしまえる折りたたみテーブルでご飯を食べていましたが
家族みんなで食卓テーブルで、ご飯を食べるようになりました。

お教室に使っている部屋にも、子供たちが触れて学べる教材が増えました。

そして、身の回りにある物を丁寧に扱うことを意識しました。

私は、他の人が当たり前にできていることから始めました。

それこそ、靴下のタグを手で引きちぎらず、ハサミを使うところから。笑

ネックレスなどに物同士が引っかかっているときも、
前までだと、いつも「えいっ」と力ずくで、引っ張ってしまっていましたが、

力を入れるのではなく、少しずつ緩めてあげるだけで、
スルっと抜けて、引っかかりが取れます。

日常の、ふとした場面ではありますが、

引っかかりを、丁寧に解く度に、
人生においても、全く同じだな
と感じます。

何か問題が起きた時、私は力ずくで、状況をどうにかしようと必死になってしまいがちでした。

物事を自分で抱え込んだり、
人をコントロールしようとしたりすることもありました。

ですが、肩の力を抜いて、別の視点から物事を見ることで、
解決への糸口が見つかることがあります。

これは、子供たちに対しても、同じ考えです。

学ぼうとする彼らをコントロールしようとせず、

それぞれの生徒のその時に合った方法で、
達成感や、できたときの喜びを感じられるような環境を整えます。

モンテッソーリでは、一人一人が自主性を持って活動に取り組むことを推励します。

実は、この考え方は、大人にも同じように適用できると感じています。

自主性を持って、活動(仕事や勉強)に取り組めるよう、工夫することで、強制させられて、タスクをしている時に比べ、成果は遥かに高くなります。

私自身は、
comfortable(快適)に保てる環境を整え、
身の回りの物を丁寧に扱うことで、

仕事が捗るようになったのは勿論ですが、

授業のクオリティーにも影響していると感じます。

それまでは、物のテクスチャに拘らなかった私ですが、

木で作られたものや、ガラス素材に触れると、気持ち良いと感じるようになりました。

そこから、「子供たちはどう感じるかな?」

と考え、授業でも感覚と結びつけて勉強することを意識しています。

ミニマリズムとモンテッソーリは、一見すると全く違う世界の考え方のように見えます。

しかし、私の行った仕事や生活の中の工夫(私の場合、本当の意味でのミニマリズムを実践すること)が、

結果として仕事の集中や達成度を高めることに繋がったように、

両者は、相互に深く関係していることを実感しています。